スタッフブログ

神奈川 東京 の旅

2012.3月に子供の卒業式を兼ねて、横浜及び東京に行ってきました。

7:35発朝一番機で羽田空港に9:00到着 宮崎は、今年は菜種梅雨が多く小雨でしたが、当日東京横浜は、晴れ間も多く良好な天候に恵まれました。羽田の京浜急行乗り場でタッチ式チケット(パスモ カード)を購入し横浜及び桜木町駅を目指し出発川崎を経て横浜でJRに乗換て約50分で桜木町駅に到着、駅から歩いて5分の横浜のシンボル、高さ296m延床面積 392,885m3 オフィス、ホテル、ショッピングモール街のランドマークタワービルヘ向かい69階には、展望フロア スカイガーデンがあり、日本一速い高速エレベーター(750m/分)で、2階フロアよりいっきに上がり、40秒で、到着  (入場料及びエレベーター使用料は、大人1000円)スカイガーデンは、高さ273m、に位置する日本一高い展望フロアでした。視界360°、大きなガラスを通して見る前方眼下の景色は、関東一円の雄大なパノラマが広がり迫力満点でした。  (富士山 東京タワー スカイツリーがしっかりと見えました。)
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横浜での2番目は、横浜港博物館

ランドマークタワーから帰り際、横浜みなと博物館があり、その中の1号ドッグに、海洋練習船であった帆船日本丸が現役時代のままで保存展示されています。上船はしなかったのですが、(入場料は、大人1000円、こども500円)周辺には、横浜開港資料館、日本郵船歴史博物館、水上バス等もあり、子供さん連れの方には横浜の海の歴史や文化、風情を満喫する事が出来るスポットです。

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横浜での3番目は、横浜赤レンガ倉庫

桜木町ワシントンホテルにチェックインの際、観光スポット周遊バス(あかいくつ)の1日無料券をもらいました。次は横浜の歴史探訪に横浜赤レンガ倉庫まで向かいました。赤レンガ倉庫の正式名称は、新港埠頭保税倉庫で、2号館は明治44年、1号館は大正2年に竣工保税倉庫の役割は、平成元年までに終了、平成14年に1号館はホール展示スペースなどの文化施設2号館は商業施設となり休日の買い物で煩雑していました。付近一帯は、広場と公園を備えた代表的観光施設でした。

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横浜での4番目は、横浜中華街

横浜に行ったら一度は見て食べておきたい観光名所は、東アジア最大規模を誇る横浜中華街です。

にぎやかな中華街は、ブラ歩きでも雰囲気を楽しむことが出来ます。家族で店を決めずに歩いていたところ、白鳳と言う店に並びが出来ていましたので、しばらく並んで、やっと席が取れました。敷居の高さを感じさせない雰囲気で第一印象は良かったです。コース料理で手軽でしたが、客の多さで時間がかかるのがいまいちです。(庶民コース)北京ダックやコース料理が満喫出来ました。横浜に行かれた際は、ぜひ行って見てください。横浜では、朝からブラ歩きで9km歩きました。明日東京都内散策の為 就寝。

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東京での1番目は、東京スカイツリー工事現場

翌朝は7:00起床、横浜をあとにして東京スカイツリー現場に向かいました。桜木町駅→横浜駅→品川駅→浅草駅→押上駅下車から歩きで5分=通し1時間程度で到着施工は、大林組 設計監理 日建設計で、3月始の見学時点では、外構工事を残し、ほぼ完成状況でした。多くの見学者が来ていましたよ。TBSの林家家のちゃぶだいの取材にも偶然遭遇し、芸能人も来ていました。
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東京での2番目は、(押上駅→浅草駅下車)下町の情緒あふれる浅草

浅草寺 雷門 仲見世通り過去に社内旅行で1回来ましたが、何回来てもいい所ですね。(時間に余裕を作り…)

仲見世の人ゴミの中を抜け浅草寺に着き、おみくじを引いて、内容はまずまずで、中吉。帰りは浅草名物大黒屋で天丼を昼食にしました。日曜日だったので、列が店の外に10名位1階待合室に20名と結構並んでいましたが、20分くらいで入店。古い雰囲気のある日本家屋の2階へ通され見た目と味にインパクトのある名物天丼をいただきました。
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東京での3番目は、(浅草駅→上野駅下車)東京国立博物館

上野のスポットでは、科学博物館 美術館 動物園とある中、1時間で廻る目安で、国立博物館を選定し入場料大人600円で入館しました。膨大な量の品物が展示され(11万件の収蔵品)まさに博物館の中心といった感じです。歴史物が好きなので、駆け足で1階2階足早に見て廻り結構足に来ました。1つ1つじっくりと確認するのであれば、2日程度はかかる展示品です。
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東京での4番目で最終は、(上野駅→赤羽橋駅下車)東京タワー

やはり休日で、並びの出る、人の多さでした。(大展望台までの入場料金820円)最後に高さ333mを誇る東京タワーの大展望台高さ150mに上がり都内極上の眺望も楽しみました。展望台150mの床には、一部強化ガラス貼、開口ウインドウが2箇所設置されていてスリルを味わうスペースも作られています。東京スカイツリー(634m)もオープンしましたが、昭和33年開業の東京タワーには、ここしかないレトロな魅力も感じました。
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子供の卒業式を兼ねての、駆け足での神奈川及び東京の旅を夫婦で満喫してまいりました。

                以上  本店工事準備部 小島でした。

— posted by 吉原建設 at 11:20 am  

山火事

それは今から2カ月ほど前の事です。

日向支店より60Km程奥に入ったところにある諸塚村。四季折々の風情織りなす山々は新緑を抱え見頃を迎えていました。
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         (※この写真はそのものです。)
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        (※この写真はそのものです。)
5月7日14時過ぎ、五ヶ瀬町との村境、七ッ山地内の山林で火災が発生しました。
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      (※この写真はあくまでもイメージです。)
葉枯杉材の伐採跡地にて、22,200m2 約100m3の枯葉を消失する火事となりました。地元の消防団も懸命の消火作業にあたります。
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     (※この写真はあくまでもイメージです。)
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     (※この写真はあくまでもイメージです。)
中心部より車で45分ほどの山間部とあって、水の確保の困難さが懸念されます。
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      (※この写真はあくまでもイメージです。)
そんな中、諸塚村より当社の散水車による消化水輸送の要請がありました。我社の西田諸塚営業所所長は、自ら散水車に乗り消火水を輸送。
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(※この写真は散水車は当社のものですが、状況はイメージです。)
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(※この写真は散水車は当社のものですが、状況はイメージです。)
翌日の8日には無事鎮火しました。
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     (※この写真はあくまでもイメージです。)
6月16日、諸塚村消防夏期大会にて、消防団長より消火作業に協力した当社と(株)太伯建設に感謝状をいただきました。
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        (※この写真はそのものです)

日向支店 竹下特派員より

— posted by 吉原建設 at 03:32 pm  

ふるさとの川大淀川について

みなさんこんにちは。土木部の坂元です。

私は平成18年以降、宮崎市・高岡町・都城市の大淀川で護岸・堤防・水門工事等を7年続けて行っているところです。

 大淀川は鹿児島県の末吉町中岳(標高452m)から流れはじめ、横市川・沖水川・庄内川・高崎川等の支流を合わせながら、都城盆地を貫流して、中流の山間狭窄部に入り岩瀬川等を合わせ流れ、宮崎平野に入った後、本庄川等の支流を合わせ、宮崎市において日向灘に注いでいます。九州で4番目に長い川(107km)・2番目に広い流域面積(2230km2)で、流域内人口は約60万人が生活しています。

 陸上交通の発達していなかった時代、大淀川は流域で生産された木炭・櫓木・和紙などを、舟を使って河口まで運び、河口部に位置する赤江港から千石船と呼ばれる大きな船に積み替え、江戸や大坂に運ぶための、重要な輸送路になっていたそうです。

 都城盆地を流れ出る所は観音瀬とよばれ、高さ10m程の滝で、響きわたるその音から“轟”と呼び、それが地名になったとのことです。1795年(寛政6年)に、幅一間(1.82m)の観音瀬開削水路が完成し都城から大淀川河口まで舟の通行が可能となったそうです。

 このような歴史のある大淀川には、舟の安全また、川で漁をする人が水難に遭わないように、特に子供たちが溺れないように、お参り・お祀りをする守護神、水の守り神が流域にたくさんあります。(写真は、水門工事で移設した宮崎市下北方の中津瀬水神様です。)
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 大淀川について興味のある方は、川の博物館「大淀川学習館・水辺の楽校」で大淀川の歴史・文化を学べますので是非活用されてみてはどうでしょうか。

— posted by 吉原建設 at 08:11 am  

地域活動と息子の部活

みなさんこんにちは、技術開発部の志々目(ししめ)です。

平成2年に入社しまして、今年 前厄の40歳になりました。

 地元に4年前に家を建ててから、地域活動・壮年活動・中学校PTA活動・高校PTA活動等、仕事が忙しいながらも皆さんと楽しく参加しています。 周りの方は「いろいろ役をされて大変ですね」と言われますが頑張っている人をみるとついつい自分も加わって楽しくしていきたいと思い参加しています。いろいろ参加していくと皆さん協力的で楽しいです。これから子供さんが小学校とかにあがられる方とかぜひ積極的に参加してもらえたらと思います。

 うちの子は高校1年の女子と中学校2年の男子の一姫二太郎です。

その中学校の息子が軟式テニスの部活で汗を流しています。この前の6月頭に中体連があり、こんがり日焼けした中学生達が県大会出場を懸けしのぎをけずりました。

団体戦では代表のチームが学校の看板を背負い勝負に挑みます。2人1組のチームで3チーム中、先に2勝したほうがトーナメント進出となります。14校中 3校しか県大会にあがれないため、非常に厳しい条件です。選手は緊張の為か、体がついつい硬くなりがちでいつもの半分も実力を出せない中学生が多いように思われます。応援している親もドキドキで、サーブを打つ時とかも祈る思いです。その中で息子は日頃の練習の成果を出す事が出来、又 他のチームのおかげで見事、みんなで3位出場する事が出来ました。その時 息子をすばらしく、誇らしく思えました。これは本人をさることながら部員の協力、それを指導して下さる監督(先生)、又 仕事終わりに指導して下さる父兄の方々、いつもかげながら見守って世話をしてくれるお父さん、お母さん、じいちゃん、ばあちゃん、弟、妹、練習試合、遠征の度に協力していただける方々、全ての方に感謝致します。それを子供達も感謝し、今後の生活のバネにしてもらえばと願います。

最後にみんなの写真を載せます。又 このブログ見ていただいた皆さんの周りのがんばっている子達を応援してもらえれば幸せです。

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— posted by 吉原建設 at 05:43 pm  

我が母校

    こんにちは   本店舗装部の下西です。

   さて、みなさんは地元の歴史について興味がありますか?

   これまで私は・・・(^_^;)

   と、タイトルと何の関係があるの?そう思われた方もいるでしょう。

   そこで、こちらをどうぞ!
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    こちらは、我が母校の山之口小学校で発見された王子山遺跡です。

    校舎改築工事に伴って、2010年11月から2011年3月のあいだ

    発掘作業が行われました。土器、石斧、矢じりなど多数出土しました。

    こちらが、発掘作業によって出土した一部です。

    (現在小学校に展示、もちろん歴史資料館にもあります)

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    なかでも一番注目を浴びたのが、炭化したネギの鱗片68点、と炭化

    したドングリの双葉53点です。このネギとドングリは炉穴(火を炊いた

    と思われる)の周囲にあり、食用にしていたとされ一躍脚光を浴びました。

    なんと、1万3000年前(縄文時代草創期)のもので、食用植物として

    国内最古の1つとなるそうです。

    その後、遺跡は埋め戻されて現在は新しい校舎が完成しました。(2012年2月)

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    両親、私、娘(現在6年生)と3世代にわたりお世話になる小学校で、

    国内で最古といわれる発見があり、とても誇らしく思う出来事でした。

    1万3000年前から人々が生活をし、今ではたくさんの子供達が学ぶ

    場として受け継がれています。

    地元のことは知っている(何でもとは言いません)と思っていましたが、

    この発見により地元を見つめ直すよいきっかけになりました。

    みなさんの地元にも唯一無二のものなど、いろいろと誇れるものがある

    はずです。調べてみてはいかがでしょう。

— posted by 吉原建設 at 10:51 am  

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