スタッフブログ

口蹄疫!! あれから3年

技術開発部の新地です。

2010年3月頃に宮崎県では口蹄疫が発生し、早くも3年経過しました。終息まで4カ月程要しました。実家は畜産(牛)を飼っている事も有り当時はかなり心配もしましたが、県内外からの応援もあり無事に乗り越えられました。

本当にありがとうございました。

都城は直接の発病等はなかったのですが畜産関係の移動が制限され、競り市もなかった為、収入はなくなり飼料代の経費ばかり掛り尚且つ、授精も出来なかった為、解除されても出荷の見通しがなく風評被害等で市場価格が下った場合には辞めないといけないなと話していた事も有りました。

実質解除となり、競り市が再開されましたがなかなか子牛の平均価格が平年より上がって来ませんでした。

そんな中、全国畜産大会が宮崎でとり行われ見事に全国1位を獲得する事が出来た為、宮崎牛が見直され競り市にも活気が戻り市場価格も平年並みとなりました。

畜産農家は大別すると肥育(肉用牛)と生産(子牛)に分けられるみたいです。

実家は生産農家なので親牛に受精を施し子牛を産ませて有る程度(1年以内)に競り市に出すという農家です。

さて、ここで我が家の子牛を3頭程紹介します。
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              あ や か
先週(平成25年4月)生まれたばかり、母牛は初産だったので出産を加勢して上げました。お乳をいっぱい飲んで大きくなれよ。
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              さ と み
もう少し食べろよ。
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              ひ よ り

もうすぐセリだぞ、いい家に飼われろよ!

どうですか、どれもかわいいですよね。

口蹄疫が終わったと思ったらTPPに交渉参加表明!

心配は絶えませんが、元気に育ってくれる事を願ってます。

— posted by 吉原建設 at 08:59 am  

力の限り2013

福岡支店 営業部の瀧本です。

今年で第8回 GoGoハイク改めGoGoスマイルプラザハイクが4月26日(金)〜4月27日にかけて開催されました。毎年同様、40kmを歩くというイベントで大濠公園からアイランドシティーを通り、海の中道にあるルイガンスホテルまで行き同じ道則を帰ってくるというコースです。

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今年は1時間早く集合、スタートで8:00には出発しました。

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            スタート直前の写真

1109名の参加ということで、当初より目標としていた1000名を達成したということでした。

今回は福岡支店の皆さんの仕事や都合や体調不良のため私が吉原建設代表(1名)で参加し、三好不動産の方や会計士さん家族、中学2年生も一緒の班で各チェックポイント通過と完歩を目標に歩いきました。

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            15km地点休憩所

15km地点雁ノ巣レクレーション広場でカレー、豚汁、お汁粉等が振る舞われます。これだけが楽しみで栄養を補給し残りの25kmに挑みます。

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             マリンメッセ付近

毎年マリンメッセ付近(30KM地点)で写真を取っているのですが、吉原建設で施工致しました(上杉巧所長)森山環境サポートビルが完成しました。(写真がうまく撮れていませんが)

この地点でうっすら夜が明けてきます。残り5キロ毎年思うのですが、なんで参加したんだろうとの思いと足の痛みで心が折れてしましそうになります。

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         11時間03分でゴールしました。

昨年より遅くなりペースが崩れ1時間30分程遅くなってしまいましたが完歩できました。

— posted by 吉原建設 at 04:35 pm  

仕事と子供と波乗りと

こんにちは舗装部の帖佐です。

まずはじめに「管内一円舗装」の紹介をします。

都城土木事務所管内の応急路面補修工事の略称ですが、国道10号線以外の国県道の応急的な路面の補修を行う工事です。

ほとんどが道路に面している地元の方々からの要望で、一番多いのは路面の損傷による「震動・騒音をどうにかしてくれ!」です。

実際に現場の路面調査に行くと、自分の家の前がこんなになってたら嫌だと思う所ばかりです。

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             国道221号 高崎

上の写真は大型車の通行の多い道路で、付近に住んでいる方は大型車が通行するたびに新燃岳の噴火のような地震を感じているそうです。大型車は交通の少ない夜間にはスピードを出し、路面の状態は見えないまま通行するので余計に震動は激しくなるので耐えられないはずです。

このような路面の補修の要望箇所は平成24年度下半期西側で20箇所以上ありましたが、全てを補修するためには最低限の予算で工法や施工範囲を決定し、要望者にあくまで応急的な補修だと理解してもらわなければなりません。

そんな中、施工後に「良くなって、ゆっくり寝れるようになった。」などと聞くと、最高の褒め言葉のように聞こえます。

これから先も傷んだ舗装を直していく中で、地域に貢献できたらと思います。

次にうちの長男の話をします。

今年で3年生になり、いっちょ前にお兄ちゃんらしくなってきました。1年生の時は学校で女の子に意地悪して学校に呼び出されたりしましたが、空手を始めてから精神的に強くなってきました。

妹の世話もしっかりやってくれるのですが、寝る前に妹とチュッチュチュッチュしてるとこ以外は男らしさも感じます。

最近は家の手伝いもできるようになり、一緒に風呂に入るたびに体も成長していることを実感させられます。

前回のブログで自分の趣味について書きましたが、自分の趣味に費やす時間は子供に費やす時間になってきてます。去年の夏にウエットスーツを買いましたが、未使用のままです↘

最近は子供が成長してから自分の趣味を子供と楽しめたらいいと思ってきてます。子供の成長を見ていくのも趣味とし、これからも楽しんでいこうと思います。

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— posted by 吉原建設 at 09:26 am  

田の神さあ

 今年も田植えの時期が近づいてきた。

 ご多分に漏れず乙房町内場地区にも田の神さあが祭ってある。

 毎年4月初旬に行われている記念という行事がある。これはその年の豊作を祈願しての行事である。いわゆる飲み食いではあるが、行事の初めとして、田の神さあの方を向いて2礼2拍手1礼をして、豊作を祈願し行事が始まる。

 私の記憶では30年代後半までは、個人の家でそれぞれ家族の料理(煮しめ等)を持ち寄って、飲み食いし、てこ(太鼓)・しゃん線(三味線)で踊りが出て大いに盛り上がったものである。また、子供にはお菓子がふるまわれていたように思う。

 その当時の田の神さあは、山の中に祭ってあり、大人と一緒にお供えをした記憶がある。現在では、平成5年に田んぼに見渡せる場所に祭って豊作を見守っている。

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               正   面
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            後ろより田んぼを望む
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 6月中旬に植え付け、10月から11月にかけてここ一帯が黄金色に染まる。

 我が家でも、親父が残してくれた田んぼと機械があるので、家族兄弟の分だけではあるが、耕作している。

 10月中旬に刈り取り・掛け干し、2週間ほど干して、脱穀を行う。

 今では、夫婦とも年を取ったせいか、稲の掛け方がきつく感じるが、おいしいコメを食べるためにもうちょっと頑張ってみるか。\(◎o◎)/!

 田の神さあにお願い、今年もよいコメが収穫できますように。\(-o-)/

                            都城本店土木  前原 修

— posted by 吉原建設 at 11:51 am  

端午の節句

4月も半ばが過ぎ、5月のゴールデンウィークも近付いてきました。仕事の移動中にふと周りを見てみると子供の日を迎えるべく鯉のぼりはためいているのが目にはいってきます。

さて、子供の日というと外飾りは鯉のぼり、内飾りは五月人形・鎧兜を飾るのが風習のようですが、その理由は特に考えた事がなかったので調べてみました。

鯉のぼりは、天の神に男児が誕生したことを報告すると同時に守護を願う目印として飾るようになりました。中国の伝説から、鯉は池でも沼でも生きられる生命力の強い魚で、環境の良し悪しに関わらず立派に成長し、立身出世するよう願いを込めるという意味もあるようです。ちなみに、鯉が竜門の滝を登ると竜となって天をかけるといういい伝えがあり、そこから「登竜門」という言葉ができたということです。

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鎧兜は、古くから命を守る象徴として考えられていていたため、男の子を事故や災害から守るものとして考えられてきたようです。実際に武田信玄愛用の「楯無の鎧」は、代々武田家のご神体で、現在も山梨県塩山市の菅田天神社に奉られています。他にも多くの鎧兜が、国宝やご神体として各地の寺社仏閣で奉られています。ちなみに、五月人形・鎧兜は持ち主の代わりに厄を引受ける役割を持っています。父親からの譲り受けや兄弟兼用ではなく一人一体が望ましいようです。

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脇道に逸れますが、上記に出てきました武田信玄愛用の「楯無の鎧」について書きたいと思います。この鎧は、かつて源氏が保有していたとされる伝説の八つの鎧「源氏の八領」のひとつとされています。この「楯無の鎧」も含めて解説しますと、保元の合戦で源為義が使用した「薄金」、平治の乱で源朝長が使用した「沢瀉」、同じく平治の乱で源義朝が使用した「楯無」、八つの龍の飾りがついている「八龍」、源頼朝が身に付けていたという「源太産着」、牛百頭の皮を使った「膝丸」、保元の乱で源頼賢が使用した「月数」、保元の乱で源頼仲が使用した「日数」とあります。様々な説がありますが、現存する鎧は「楯無」だけとなっているという説が有力なようです。その「楯無」も平治物語で表記されている仕様と菅田天神社に現存している仕様が違うとも言われています。ただ、この「楯無」は現在、「小桜韋威鎧」の名で国宝に指定されている事もあり、貴重な存在である事に変わりはないので菅田天神社(山梨県甲州市)の近辺に行く予定があれば見学に行って戦国時代に想いをは馳せてみるのも一興かもしれません。

リフォーム部 原田

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— posted by 吉原建設 at 11:53 am  

吉原建設株式会社